相続人の廃除事由に関する裁判例
相続人の廃除事由(民法892条)に関する裁判例を整理しました。
名古屋高裁昭和53年5月18日決定・判例タイムズ371号150頁
推定相続人が被相続人の居住する土地・建物を第三者に売渡して立ち退かせたり、被相続人に対し仮処分を申請し、訴えを提起したことなどが、「著しい非行」、「虐待」、「重大な侮辱」にあたらないとした認定に審理不尽の違法があるとされました。
広島高裁岡山支部昭和53年8月2日決定・家庭裁判月報31巻7号56頁
民法892条にいう推定相続人の「その他の著しい非行」は、単に被相続人に対する非行に限定されるものではなく、他人に対する非行であっても、それが被相続人及び他の共同相続人らに対し直接間接に財産的損害や精神的苦痛を与え、このために相続的協同関係が破壊される程度のものであれば廃除原因になりうるとされました。
熊本家裁昭和54年3月29日審判・家庭裁判月報31巻10号77頁
被相続人(父)の死亡が近いことを知って、その遺産を可能な限り単独取得しようと図り、遺産たる預貯金等の名義を被相続人の意思に基づくことなく、自己あるいは自己の妻子名義に変更し、被相続人に対し不当な精神的苦痛を与えた子の行為は、相手方が被相続人と約7年間同居し、被相続人入院中は相手方の妻が看病に当ったこと等の扶養的行為を考慮に入れても、被相続人と推定相続人との相続的協同関係を破壊するに足る著しい非行に該当するとされました。
横浜家裁昭和55年10月14日審判・家庭裁判月報33巻10号98頁
被相続人夫婦と養子縁組をするとともに、その二女と婚姻した者が、被相続人から居宅及び賃貸用家屋を贈与されるなど生計上種々の配慮を受けながら、重篤な病状に陥った被相続人の療養看護にも努めず、他女と無断外泊を繰り返したうえ同女と出奔して所在不明となり、妻子に対し生活費の仕送りもしないことは、被相続人夫婦との親子関係及びその二女との家庭生活を一方的に破壊し、被相続人に重大な精神的苦痛を与えるものであるから、民法892条所定の著しい非行にあたるとされました。
和歌山家裁昭和56年6月17日審判・家庭裁判月報34巻10号88頁
資産家として名を成した両親のもとで不自由なく成育した長女が、離婚後間もなく、両親不知の間に窃盗、詐欺等の前科のある男性と同棲し、同人の就職に際しては実家の信用を利用してその身元引受人となりながら、同人が勤務先から多額の金員を横領して存在をくらますや、年老いた両親の悲嘆、心労等を顧慮せず、音信不通のまま同棲相手と逃避行を続けていることは、両親との相続的共同関係を破壊する行為であり、民法892条にいう著しい非行に該当するとされました。
旭川家裁昭和59年4月18日審判・家庭裁判月報37巻4号57頁
養子の実母との離婚後、養子との離縁調停を申し立てていた養父の養子に対する遺言による推定相続人廃除の申立てについて、16歳の高校生で社会生活を送る上での分別もあると認められる程度に成長していた相手方である養子の責めに帰すべき事由により、養子縁組を継続し難い重大な事由が存すると認められるような事態になったときは、推定相続人である相手方に被相続人との間の相続関係を破壊するような重大な非行があったといい得るとされました。
東京高裁昭和59年10月18日決定・判例時報1134号96頁
推定相続人が勤務先会社の金員総額5億数千万円を業務上横領した罪等により懲役5年の判決を受け服役した場合であっても相続人廃除原因たる「著しい非行」に当らないとされました。
名古屋高裁金沢支部昭和60年7月22日決定・判例タイムズ609号84頁
妻子に対する推定相続人の廃除請求は、離縁原因としての縁組を継続し難い重大な事由の存否を一応の基準とすべきものとされました。本件は、養親が養子の推定相続人廃除の公正証言遺言をした後、養子と離縁請求訴訟の係属中に死亡したので、遺言執行者が民法893条に基づき養子を相手方として推定相続人廃除の申立てたものです。
名古屋家裁昭和61年11月19日審判・家庭裁判月報39巻5号56頁
妻の許を去って長年月愛人と生活してきた夫が、別居中の妻に対してある程度の財産的な給付をしてきたとしても、精神的には妻を遺棄したものであって、夫の行状は民法892条にいう「著しい非行」に該当するとされました。
青森家裁八戸支部昭和63年9月7日審判・家庭裁判月報41巻2号141頁
賭博行為を繰り返して作出した多額の借財をすべて被相続人に支払わせ、かつ、妻子を顧みず、愛人と同棲して同女との間に男児をもうけ、愛人との生活を清算する意思もない相手方の行為は、民法892条にいう「著しい非行」に該当するとされました。
東京家裁八王子支部昭和63年10月25日審判・家庭裁判月報41巻2号145頁
事業の不振により生じた巨額の借財と滞納した税金を被相続人に支払わせ、被相続人夫婦及び妻に対して暴行・脅迫を加えるなどし、さらに、偽造の被相続人の印鑑の登録をして、印鑑登録証明書の交付を受けたうえ、被相続人所有の土地につき贈与予約を登記原因とする所有権移転請求権仮登記を得るなどした行為は、被相続人に対する虐待、著しい非行に該当するとされました。
福島家裁平成元年12月25日審判・家庭裁判月報42巻9号36頁
再三にわたって金銭上の問題を起した自己の七男を相続人から廃除する申立てについて、次のように述べ、相手方の行為は相続権を剥奪するに足る「著しい非行」とは認められないとしました。
「推定相続人廃除制度は、特定の推定相続人に法定の廃除事由に該当する非行があり、いわゆる相続的協同関係を害すると評価される場合、その推定相続人の相続権を剥奪し、被相続人の私有財産権と自由意思の尊重に資するのを目的としたものである。そして、相続権の剥奪は、推定相続人の利害に及ぼす影響が極めて深刻であり、安易にこれを是認すると、遺留分制度を認めた現行相続法秩序を混乱させるおそれが大であるから、法定廃除事由に該当するか否かを判断するには慎重な考慮を要する。」
「相手方が申立人の孫らを債務者としてサラ金等から借金させ、約束を守らず弁済を怠り迷惑、不利益を与えたことについては、相手方は当然その責任を負わなければならないが、そのことをもって相手方の相続権を剥奪するに足る『著しい非行があった』と認めるのは無理である。なお、申立人は、これまで相手方に多額の金員を与え、宅地を無償で貸与したことなどを強調し、ある程度それらの事実を認めることができるが、それらは親子間の愛情からなされた援助であり、いずれ遺産分割の際に相手方の特別受益として処理されるのは別として、廃除事由該当事実と認めることはできない。」
名古屋高裁金沢支部平成2年5月16日決定・家庭裁判月報42巻11号37頁
Xが主張するY及びその妻の言動はいまだ相手方の相続権を奪うことを正当視する程度に重大なものと評価するに至らず、廃除事由に該当するとは認められないとされました。
「Xは、YとAから共同で虐待された、少くともYやAの言動は、Xを精神的に苦しめるもので、実質的な虐待であること及びYは、平成2年3月頃Xが肩書地の金庫に保管していた50万円を窃取したことを理由に、Yには廃除の事由がある旨主張する。
しかしながら、推定相続人の廃除は、相続的協同関係が破壊され、又は破壊される可能性がある場合に、そのことを理由に遺留分権を有する推定相続人の相続権を奪う制度であるから、民法892条所定の廃除事由は、被相続人の主観的判断では足りず、客観的かつ社会通念に照らし、推定相続人の遺留分を否定することが正当であると判断される程度に重大なものでなければならないと解すべきである。そこで、これを本件についてみるのに、前記認定事実のもとでは、なるほどXとYとは、XとAとの不和を契機にAがBの看病の手伝いをせずXのみに任せたことから、次第に日常生活における円満を欠くようになって家族内でXを孤立化させて寂しい思いをさせ、また、YらにおいてXに反抗し、物を投げつけたり、制止のためとはいえ、老人に対し暴力を行使し、傷害を与えたことは些細なことと無視できるものではない。しかしながら、そのような暴行・傷害・精神的虐待の直接の原因は、Xの繰り返しの非難・謝罪要求にあることは前認定のとおりである。即ちXは、妻Bが死亡したのはAが看病してくれなかったためであると言い続けている。確かに、暖い家族のもとでの看護は病状を好転させることもあると考えられ、妻に先き立たれたXの無念・悲しみは察して余りあるが、運命ということもあるのであって、医学的に明白であればともかく、Bの死をAの不協力が原因ときめつけるのは根拠不十分である。
したがって、その意味での謝罪要求にAやYが応じなかったことを非難できない。もっとも、寝たきりの妻を一人で看病していたXが途中でAに協力を依頼すれば、これに応ずるのが同居親族の義務であるといえる。したがって、AがXの求めを全面的に拒否したのは相当でないし、Yがその間の調整役割を果さなかったことも結果的によくなかった。しかし、Xは、頼み方に問題があったとも思われるうえ、Aらに非があったにせよ、その後長期にわたり、子や夫のいる前で繰り返し言及し、直接的かつ強硬に非難を加え、反省・謝罪を要求し、これに応じないと興奮しては攻撃を加えるという方式は、よりよき家族関係を希ったうえでのことであろうが、行き過ぎで効果はない。
Xは、家族から無視され精神的虐待を受けたと主張するが、Xが孤立したことは、家庭内不和の結果であって、前記抗争とは別の行為とは認め難いからこれをもって別個の廃除事由とみることはできない。
以上のとおり、Xが受けた暴行・傷害・苦痛は、Y・Aだけに非があるとはいえず、Xにもかなりの責任があるから、その内容・程度と前後の事情を総合すれば、いまだYの相続権を奪うことを正当視する程度に重大なものと評価するに至らず、結局廃除事由に該当するものとは認められない。さらに、一件記録を精査しても、YがX所有の50万円を窃取した事実を認めることはできない。したがって、Xの主張する廃除事由は、いずれも認められない。」
岡山家裁平成2年8月10日審判・家庭裁判月報43巻1号138頁
父の金員を無断で費消したり、多額の物品購入代金の支払いを父に負担させたうえ、これを注意した父に暴力を振るい、その後家出して行方不明となっている長男に対する父からの推定相続人廃除の申立てについて、親子間の家族的・相続的共同関係の破壊があるとして、申立てが認められました。
東京高裁平成4年10月14日決定・家庭裁判月報45巻5号74頁
推定相続人廃除申立てを却下した審判に対する即時抗告申立事件において、相手方らには、廃除事由に該当する重大な侮辱があるとして、原審判を取り消し、廃除が認められました。
東京高裁平成4年12月11日決定・判例時報1448号130頁
娘が暴力団員と婚姻し、父母が婚姻に反対なのに父の名で披露宴の招待状を出すなどしたときに、娘を推定相続人から廃除できるとされました。
東京高裁平成8年9月2日決定・家庭裁判月報49巻2号153頁
推定相続人の虐待、侮辱、その他の著しい非行が相続的共同関係を破壊する程度に重大なものであるかの評価は、相続人のとった行動の背景の事情や被相続人の態度及び行為も斟酌考量したうえでなされなければならないが、相続人(長男)の力づくの行動や侮辱と受け取られる言動は、嫁姑関係の不和に起因したものであって、その責任を相続人にのみ帰することは不当であり、これをもって廃除事由に当たるとすることはできないとされました。
東京高裁平成13年11月7日決定・金融・商事判例1159号28頁
被相続人の公正証書遺言により、遺言執行者が、別居し、離婚調停を申立てた妻や子らを、被相続人の推定相続人から廃除するとの申立てにつき、推定相続人廃除の事由を認めることはできないとして、申立てを却下した原審判は、正当であるとしました。
大阪高裁平成15年3月27日決定・家庭裁判月報55巻11号116頁
遺言執行者からの推定相続人の廃除申立を却下した審判に対する即時抗告審において、相手方の行為は、客観的には、被相続人の多額の財産をギャンブルにつぎ込んでこれを減少させた行為と評価するしかなく、その結果、被相続人をして、自宅の売却までせざるをえない状況に追い込んだものであり、さらに、被相続人から会社の取締役を解任されたことを不満に思い、虚偽の金銭消費賃借契約や賃貸借契約を作出して民事紛争を惹き起こし、訴訟になった後も被相続人と敵対する不正な証言を行っているなど、相手方の一連の行動は、民法892条所定の「著しい非行」に該当することが明らかであるとして、原審判を取り消し、推定相続人の廃除を認めました。
和歌山家裁平成16年11月30日審判・家庭裁判月報58巻6号57頁
申立人がその長男である相手方を推定相続人から廃除する審判を求める事案において、相手方が申立人の預金約3582万円を無断で払戻しを受けたこと、申立人に暴力をふるうようになったことなどの事情により廃除を認めました。
釧路家裁北見支部平成17年1月26日審判・家庭裁判月報58巻1号105頁
妻の遺言執行者が夫を相手方として申し立てた推定相続人廃除申立事件において、夫は、末期がんを宣告された妻が手術後自宅療養中であったにもかかわらず、療養に極めて不適切な環境を作出し、妻にこの環境の中での生活を強いたり、その人格を否定する発言をするなどしており、このような行為は虐待と評価するほかなく、その程度も甚だしいところ、妻は死亡するまで夫の離婚につき強い意志を有し続けていたといえるから廃除を回避すべき特段の事情も見当たらないとして、その申立を認容しました。
福島家裁平成19年10月31日審判・家庭裁判月報61巻4号101頁
被相続人(母)の遺言執行者が遺言による相手方(長男)の推定相続人からの廃除を申し立てた事案において、被相続人が70歳を超えた高齢であり、介護が必要な状態であったにもかかわらず、被相続人の介護を妻に任せたまま出奔したうえ、父から相続した田畑を被相続人や親族らに知らせないまま売却し、妻との離婚後、被相続人や子らに自らの所在を明らかにせず、扶養料も全く支払わなかったものであるから、これら相手方の行為は、悪意の遺棄に該当するとともに相続的共同関係を破壊するに足りる「著しい非行」に該当するとされました。
京都家裁平成20年2月28日審判・家庭裁判月報61巻4号105頁
申立人(父)が相手方(長男)の推定相続人からの廃除を申し立てた事案において、相手方は窃盗等により何度も服役し、現在も刑事施設に収容中であるところ、窃盗等の被害弁償や借金返済を行わなかったことにより、申立人に被害者らへの謝罪、被害弁償及び借金返済等、多大の精神的苦痛と多額の経済的負担を強いてきたことが明らかであるから「著しい非行」が認められました。
神戸家裁伊丹支部平成20年10月17日審判・家庭裁判月報61巻4号108頁
被相続人(父)の遺言執行者が、遺言による相手方(長男)の推定相続人からの廃除を申し立てた事案において、借金を重ね、被相続人に2000万円以上を返済させたり、相手方の債権者が被相続人宅に押しかけるといった事態により、被相続人を約20年間にわたり経済的、精神的に苦しめてきた相手方の行為は、客観的かつ社会通念に照らし、相手方の遺留分を否定することが正当であると判断される程度に重大なものであって、民法892条の「著しい非行」に該当するとされました。
東京高裁平成23年5月9日決定・家庭裁判月報63巻11号60頁
被相続人の養子である抗告人が、被相続人が10年近く入院及び手術を繰り返していることを知りながら、居住先の外国から年1回程度帰国して生活費等として被相続人から金員を受領するだけで、被相続人の面倒をみることはなかったこと、被相続人から提起された離縁訴訟等について、連日電話で長時間にわたって取下げを執拗に迫ったこと、同訴訟をいたずらに遅延させたことなどの判示の事情のもとにおいては、抗告人に民法892条にいう「著しい非行」があったものとして、推定相続人の廃除を認めるのが相当であるとされました。
大阪高裁令和元年8月21日決定・判例タイムズ1474号19頁
被相続人の遺言執行者が、被相続人の遺言に基づき、被相続人の長男Bを推定相続人から排除することを求めた事案において、次のようにのべて、廃除することが相当であるとしました。
「被相続人の言動にBが立腹するような事情があったとしても、それに対し、当時60歳を優に超えていた被相続人に暴力を振るうことをもって対応することが許されないことはいうまでもないところであって、このように、Bが被相続人に対し、少なくとも3回にわたって暴行に及んだことは着過し得ないことと言わなければならない。しかも、被相続人は、平成22年7月の暴行により鼻から出血するという傷害を負い、同年4月16日頃の暴行に至っては、その結果、被相続人において、全治約3週間を要する両側肋骨骨折、左外傷性気胸の傷害を負って、同月19日から同月23日まで入院治療を受けたのであり、その結果も極めて重大である。これらによれば、Bの被相続人に対する上記各暴行は、社会通念上、厳しい非難に値するものと言うべきである。
以上によれば、Bの被相続人に対する一連の暴行は、民法892条所定の『虐待』または『著しい非行』に当たり、社会通念上、Bから相続権を剥奪することとなったとしても、やむを得ないものと言うべきである。したがって、Bを被相続人の推定相続人から廃除することが相当である。」
大阪高裁令和2年2月27日決定・判例時報2480号16頁
被相続人(妻)の遺言執行者が、被相続人(妻)が遺言公正証書において夫を廃除する意思を表示したとして、夫につき推定相続人廃除を申し立てた事案です。
原審(奈良家裁葛城支部令和元年12月6日審判)
原審は、被相続人(妻)と夫との婚姻関係が破綻していたとは認められないものの、被相続人(妻)の病状が悪化していたにもかかわらず、夫が離婚訴訟を提起し、請求棄却判決を受けたにもかかわらず、夫が離婚訴訟を提起し、請求棄却の判決を受けたにもかかわらず上訴して被相続人(妻)死亡までこの訴訟を維持し続けたことや、被相続人(妻)を夫の経営する会社の取締役から解任して収入を断ったこと、加えて、理由がないにもかかわらず被相続人(妻)が役員報酬や地代等を取り込んでいるなどと主張して不当利得返還請求訴訟を提起したり刑事告訴したりして、被相続人(妻)にその対応を余儀なくさせたことといった一連の夫の行動が被相続人(妻)に対する虐待及び重大な侮辱に当たると判断して、夫を被相続人(妻)から排除しました。
大阪高裁決定
これに対し、高裁は次のように述べて原審を取り消し、廃除申立を却下しました。
「ア 推定相続人の廃除は、被相続人の意思によって遺留分を有する推定相続人の相続権を剥奪する制度であるから、廃除事由である被相続人に対する虐待や重大な侮辱、その他の著しい非行は、被相続人との人的信頼関係を破壊し、推定相続人の遺留分を否定することが正当であると評価できる程度に重大なものでなければならず、夫婦関係にある推定相続人の場合には、離婚原因である『婚姻を継続し難い重大な事由』(民法770条1項5号)と同程度の非行が必要であると解するべきである。
イ 被相続人は、本件遺言において、夫から精神的、経済的虐待を受けたと主張し、具体的理由として、①離婚請求、②不当訴訟の提起、③刑事告訴、④取締役の不当解任、⑤婚姻費用の不払い及び⑥被相続人の放置の各事由を挙げる。
しかし、被相続人は、本件遺言時に係属中であった離婚訴訟において、婚姻を継続し難い重大な事由はないし、これが存在するとしても有責配偶者からの離婚請求であるか、婚姻の継続を相当と認めるべき事情がある旨を主張して争ったうえ、本件遺言作成の後に言い渡された上記離婚訴訟の判決において、婚姻を継続し難い重大な事由 (離婚原因)が認められないと判断された。しかも、被相続人の遺産は、Dの株式など夫とともに営んでいた事業(D)を通じて形成されたものである。 被相続人の挙げる上記①ないし⑥の各事由は、被相続人と夫との夫婦関係の不和が高じたものであるが、上記事業を巡る紛争に関連 して生じており、約44年間に及ぶ婚姻期間のうちの5年余りの間に生じたものにすぎないのであり、被相続人の遺産形成への夫の寄与を考慮すれば、その遺留分を否定することが正当であると評価できる程度に重大なものということはできず、廃除事由には該当しない。」
最高裁令和3年3月25日判決・裁判所HP
民法上の配偶者はその婚姻関係が事実上の離婚状態にある場合には中小企業退職金共済法14条1項1号にいう配偶者に当たらないとした裁判例です。
判決の中で、事実上の離婚状態にある妻Aが夫Cにつき推定相続人を廃除する危急時遺言に基づき、東京家庭裁判所がCにつき推定相続人廃除の審判をしたことが認定されています。
「⑷ Aの婚姻関係について
ア Aは、昭和63年6月1日、Cと婚姻をし、平成元年▲月▲日に被上告人をもうけた。AとCの間には他に子はいない。
イ Cは、平成4年頃、A及び被上告人と別居し、他の女性の下で生活を始め、以後、A及び被上告人と共に生活したことはなかった。Cは、別居後にAと面会したのは数回にすぎず、婚姻費用をほとんど分担しなかった。
ウ Aは、平成21年頃、Cから協議離婚を求める書面の送付を受けたが、当時大学生であった被上告人の就職に支障が生ずることを懸念して、離婚の意思があったものの離婚の手続をせずにいた。その後、Aは、被上告人が大学を卒業した平成26年▲月には罹患していた病気の状態が悪化して離婚届を作成することができなくなり、Cとの離婚をしないまま同年▲月▲日に死亡した。Cは、Aが死亡したとの連絡を受けながら、その葬儀に出席しなかった。
エ Aは、死亡の前日である平成26年▲月▲日、いわゆる危急時遺言の方式によって、推定相続人であるCを廃除し被上告人に全ての遺産を相続させる旨の遺言をした。そして、東京家庭裁判所は、平成28年10月5日、上記イの事情等を理由として、Cにつき推定相続人の廃除の審判をした。
オ このように、AとCの婚姻関係は、Aの死亡当時、実体を失って形骸化し、かつ、その状態が固定化して近い将来解消される見込みがなく、事実上の離婚状態にあった。」