署名・押印を他の者が代行した遺産分割協議の効力
遺産分割協議は、共同相続人の全員が合意することが必要であり、全員が会合し意見を交換することが望ましいと言えます。ただし、1人の作った原案を持ち廻って全員の承諾を得る方法でも、また、書面による同意を得てすることも有効とされています。
しかし、遺産分割協議書の署名・押印については、必ず、本人が行うべきです。相続人の1人が印鑑および印鑑証明書を送付してなされた遺産分割協議を無効とした裁判例もありますので注意してください。
浦和地裁昭和58年1月28日判決・判例タイムズ496号140頁
「遺産分割は共同相続人が遺産に対して有する未分割の共有状態を同時的かつ合一的に解消せんとするものであるから、共同相続人が全員参加して行うべきものであるが、相続人の一部が遠隔地に居住するなどの理由により直接的に協議に参加することができない場合においては、当該相続人において、相続人以外の者を代理人に選任して協議に参加させることはもとより可能であるが、かような代理方式をとらずに、他の相続人が当該相続人の意向をも勘案して作成した遺産分割案を提示し、当該相続人がこれに明確な受諾の意思表示をする、いわば意思伝達の方式によることも適法と解されるのである。ただし、後者の方式による場合においては、遠隔地にいる相続人の意思が的確に伝達されることを要するのはもとより、当該相続人が遺産分割案の内容を熟知し、これに明確な受諾の意思表示をした時にはじめて協議が成立したと解するのが相当である。」
「かような見地から本件をみるのに、被告らは、本件遺産分割協議に参加しえなかった原告三女には、本件協議書の作成に先立って被告Yから再三電話連絡をしてその内容を説明し、同人の承諾を得て本件協議書作成のための登録印鑑及び印鑑証明書の送付を受け、右の了承に基づき、原告長女が本件協議書に原告三女の署名、押印を代行した旨主張し、同原告が被告Yに対し右印鑑及び印鑑証明書を送付したこと、本件協議書に同原告の印影があることは当事者間に争いがないが、原告三女との折衝に当った被告Yの供述によっても、また同人が記入した日記である○○によっても、被告Yが原告三女に対し本件協議書の内容を的確に伝達し、同原告がこれを熟知して受諾したとは到底認め難く、他に被告らの右主張事実を肯認するに足りる証拠はない。却って、原告三女本人の供述によれは、同原告が本件協議書の内容を知ったのは昭和56年○月に本件に関し調停の申立をした後であったこと、それまで、同原告は本件についての遺産割協議案を書面によって提示されたことも、口頭によって伝達されたこともないことが窺われるのである。
右認定の事実によれば、本件遺産割協議は本件協議書につき、原告三女の明確な受諾の意思表示があったとは認め難いので、適法に成立したとはいえないというべきである。」