遺産分割協議と特別代理人の責任
相続人の中に未成年者がいれば法定代理人(通常は親権者)が未成年者の代理人として遺産分割協議を行います。しかし、夫が死亡し、妻と未成年者の子どもが残された場合、妻が子供の親権者(法定代理人)ですが、遺産分割協議において妻と子供は利益が相反しますので、妻は子供の法定代理人として遺産分割協議を行うことはできません。
このような場合、家庭裁判所に特別代理人選任の申立てをして特別代理人を選任してもらい、妻と子供の特別代理人が遺産分割協議を行うことになります。例えば、子供の祖父を特別代理人候補者として申立てれば、特に問題のない限り、家庭裁判所は祖父を特別代理人に選任してくれます。
特別代理人選任申立てに際して、具体的な遺産分割協議書の案を添付するのが通例です。特別代理人選任審判では、その遺産分割協議書案を添付するものもあれが、添付しないものもあります。
それでは、
①審判に遺産分割協議書案が掲げられていない場合、特別代理人はどのような遺産分割協議を行っても問題ないのでしょうか?
②審判に遺産分割協議書が掲げられている場合、特別代理人はその遺産分割協議書案のとおり遺産分割協議を成立させても全く問題ないのでしょうか?
この点につき、岡山地裁平成22年1月22日判決が特別代理人の注意義務について判断しています。控訴審の広島高裁岡山支部平成23年8月25日判決・判例タイムズ1376号164頁も注意義務違反の判断を維持しています。
特別代理人は選任審判の主文に遺産分割協議書案が掲げられていたとしても、漫然とそれに従ってはならず、未成年者保護の観点から相当か否かの調査および判断をしなければならなりません。選任審判の主文に遺産分割協議書案が掲げられていない場合は、より一層、注意しなければなりません。
遺産分割協議の特別代理人になられた方は、その遺産分割協議の内容が未成年者保護の観点から適正か否か、十二分に注意してください。
岡山地裁平成22年1月22日判決・判例タイムズ170頁
特別代理人候補者の注意義務
利益相反行為についての特別代理人の選任(民法826条)は、家庭裁判所が取り扱う家事審判法9条甲類10号(※家事事件手続法19条)所定の審判事項である。特別代理人選任の申立てがされた場合、家庭裁判所は、当該行為が利益相反行為に該当するか否か及び利益相反性が認められる場合に未成年者の利益を保護するために誰が特別代理人として適任かという点について審理する。
特別代理人は、後見人のように包括的継続的な未成年者保護機関ではなく、特定の行為について個別的に選任される代理人であり、その権限は、特別代理人選任の審判の趣旨によって定まる。そして、制度の理想としては、特別代理人には未成年者の財産状況、家庭環境、当該行為の必要性等の事情に通じ、専ら未成年者の利益を守って良心的に親権等を代行できる意思と能力を有する者が選任されるべきであるが、実際には、家庭裁判所が職権で適任者を探すことが困難であることから、親権者等の挙げる特別代理人候補者をそのまま特別代理人に選任することが多く、形骸化の懸念も指摘されている。このような事態を踏まえ、特別代理人選任の審判においては、特別代理人の権限の内容をできるだけ具体的に特定することが要請される。
遺産分割協議を行うための特別代理人選任の審判の場合、審判主文に遺産分割協議書案を掲げる場合と掲げない場合とがあるが、審判主文に遺産分割協議書案が掲げられている場合には、特別代理人の権限は具体的に特定されているから、当該遺産分割協議案に拘束されると解され、実務上もそのように運用されている。
もっとも、当該利益相反行為の相当性の判断は、本来、家庭裁判所ではなく特別代理人がすべきものである。本件のように、審判主文に遺産分割協議書案が掲げられている場合でも、特別代理人は、当該遺産分割協議書案のとおりの遺産分割協議を成立させるか否かの判断をする権限を有しているのであって、未成年者保護の観点から不相当であると判断される場合にまで当該遺産分割協議書案のとおりの遺産分割協議を成立させる義務を負うわけではない。このような場合には特別代理人は当該遺産分割協議を成立させてはならないと解される。そして、特別代理人は、家事審判法16条、民法644条により、その権限を行使するにつき善管注意義務を負う以上、被相続人の遺産を調査するなどして当該遺産分割協議案が未成年者保護の観点から相当であるか否かを判断すべき注意義務を負うと解すべきである。
被告の注意義務違反
被告が~審判後にAの遺産について調査義務を尽くした形跡はなく、Aの遺産の全体像を把握していた事実は窺えない。被告が原告、○○や○○弁護士に積極的に問い合わせたり、関係者に不動産登記簿謄本や固定資産評価証明書等を提出させたり取り寄せるなどしていれば、「それ以外の遺産」としてA名義の預貯金や本件各土地が存在することが明らかになったはずであるし、そうすれば、進んで本件各土地が売却されて本件売買代金が存在する事実を把握できた可能性もある。そして、このような事実が明らかになれば、変更後の遺産分割協議書は原告にとって不相当な内容であると判断されるはずである。そうすると、被告としては、このような遺産分割協議を成立させてはならなかったといえる。しかるに、被告は、Aの遺産についてさしたる調査をせず、○○弁護士から要請されるままに特別代理人ヘの就任を了解し、家庭裁判所の審判を経て変更後の遺産分割協議書に署名捺印したのであるから、特別代理人としての善管注意義務に違反したといえる。したがって、被告は、変更後の遺産分割協議書が成立したことによって原告に損害が生じた場合、これを賠償すべき不法行為責任を負うというべきである。