遺産分割協議と詐害行為
民法424条は「債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした行為の取消しを裁判所に請求することができる。」と規定しています(詐害行為取消権)。例えば、一部の債権者に対して既存の債務を担保するために抵当権を設定する行為は詐害行為に当たり、債権者の詐害行為取消権の行使により取り消されることになります。
それでは、遺産分割協議は詐害行為取消の対象となるのでしょうか?
最高裁平成11年6月11日判決・民集53巻5号898頁
事案の概要
①被相続人AはXに対し債務を負っていた。
②Aの夫が死亡し、妻Wと子B、Cが相続人となった。
③相続財産として借地権付建物があったところ、Wは一切相続せず、BとCに財産を相続させる旨の遺産分割協議を行い、BとCが相続した旨の相続登記を行った。
④Xは、上記遺産分割協議は詐害行為に当たると主張して、BとCに対し、上記遺産分割協議を取消し、持分各6分の1についてWに対する所有権移転登記手続を求める訴えを提起した。
判決
次のように述べて詐害行為取消権の行使を認めました。
「共同相続人の間で成立した遺産分割協議は、詐害行為取消権行使の対象となり得るものと解するのが相当である。けだし、遺産分割協議は、相続の開始によって共同相続人の共有となった相続財産について、その全部又は一部を、各相続人の単独所有とし、又は新たな共有関係に移行させることによって、相続財産の帰属を確定させるものであり、その性質上、財産権を目的とする法律行為であるということができるからである。そうすると、前記の事実関係の下で、被上告人は本件遺産分割協議を詐害行為として取り消すことができるとした原審の判断は、正当として是認することができる。」
最高裁平成21年12月10日判決・民集63巻10号2516頁
事案の概要
①Hは、所得税、その延滞税等合計11億円余りの国税を滞納していた。
②Hの妻であるAは、平成17年5月に死亡し、その相続人は、夫H、子B、Cの3名である。
③H、B、Cは、平成17年6月、亡Aの約2億円の遺産について分割の協議を成立させ、その結果、Hがその相続分(2分の1)を下回る約2000万円の財産を取得し、Bがその相続分(4分の1)を上回る約1億2800万円の財産を取得した。
④Hは、遺産分割協議において、その滞納に係る国税の徴収を免れるとともに、Hの近くに居住してその面倒を見てくれるBに多くの財産を取得させることを意図していた。
⑤国税局長は、HがB、Cとの間でした遺産分割協議は国税徴収法39条にいう第三者に利益を与える処分に当たり、Bはこれにより約6700万円の利益を受けたとして、平成18年6月、Bに対し、Hの滞納に係る国税の第二次納税義務の納付告知をした。
⑥Bは、上記納付告知の取消しを求めた。
国税徴収法39条(無償又は著しい低額の譲受人等の第二次納税義務)
「滞納者の国税につき滞納処分を執行してもなおその徴収すべき額に不足すると認められる場合において、その不足すると認められることが、当該国税の法定納期限の1年前の日以後に、滞納者がその財産につき行った政令で定める無償又は著しく低い額の対価による譲渡(担保の目的でする譲渡を除く。)、債務の免除その他第三者に利益を与える処分に基因すると認められるときは、これらの処分により権利を取得し、又は義務を免かれた者は、これらの処分により受けた利益が現に存する限度(これらの者がその処分の時にその滞納者の親族その他の特殊関係者であるときは、これらの処分により受けた利益の限度)において、その滞納に係る国税の第二次納税義務を負う。」
上記規定の趣旨
国税通則法42条によれば、国税の徴収に関しても、民法424条の詐害行為取消権の規定が準用されており、国税の納税者がした財産の譲渡行為等が詐害行為に該当するときは、徴収職員はその行為を訴訟によって取り消したうえで当該財産に対して滞納処分を執行することができるが、国税に関する詐害行為のすべてを訴訟をまって処理していたのでは、国税の簡易迅速な確保を期すことができません。そこで、納税者が無償又は著しい低額で財産を処分し、そのため納税が満足にできないような資産状態に立ち至った場合には、その受益者に対して直接第二次納税義務を負わせることにより、実質的に詐害行為の取消しをしたのと同様の効果を得ようというのが国税徴収法39条の立法趣旨とされています。
判決
「遺産分割協議は、相続の開始によって共同相続人の共有となった相続財産について、その全部又は一部を、各相続人の単独所有とし、又は新たな共有関係に移行させることによって、相続財産の帰属を確定させるものであるから、国税の滞納者を含む共同相続人の間で成立した遺産分割協議が、滞納者である相続人にその相続分に満たない財産を取得させ、他の相続人にその相続分を超える財産を取得させるものであるときは、国税徴収法39条にいう第三者に利益を与える処分に当たり得るものと解するのが相当である。なお、所論は、同条所定の第二次納税義務が成立するためには滞納者にいわゆる詐害の意思のあることを要するともいうが、前記事実関係によれば、Hに詐害の意思のあったことは明らかである上、そもそも同条の規定によれば、滞納者に詐害の意思のあることは同条所定の第二次納税義務の成立要件ではないというべきである。そして、前記事実関係の下で、本件遺産分割協議が第三者に利益を与える処分に当たるものとし、Bについて第二次納税義務の成立を認めた原審の判断は、正当として是認することができる。」
上記事案の違い
最高裁平成11年6月11日判決の事案は、債権者Xは被相続人Aの債権者であり、債権者Xは被相続人Aの財産が引当てになることを期待できる立場にあります。
これに対し、最高裁平成21年12月10日判決の事案は、債権(国税)の債務者は相続人Hであり、債権者(国)は、被相続人Aの財産が引当てになることを当然に期待できる立場にはありません。
しかし、同最判は、いずれの事案においても詐害行為であることを認めましたが、これは、Bの受ける利益が極端な内容のものであったことにもよります。
遺産の分割は、必ずしも相続分どおりに行われるものではなく、「遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情」を考慮して行われるものですから(民法906条)、そのような一切の事情を考慮して行われた遺産分割協議が、保護に値する合理的なものであると認められる場合には、詐害行為取消権、国税徴収法39条を適用することは相当でないとの指摘もあるところです。