遺言

近年、公正証書遺言だけでも年間10万件以上の遺言が作成されており、多くの方が遺言を作成されています。また、2020年(令和2年)7月10日から法務局における自筆証書遺言の保管制度も開始し、遺言を残すことが、ますます身近なものとなっています。
遺言は、遺言認知などを除きますと、自分が築いた財産の分配方法についての意思を表明するものであり、また、自分の死後における相続人間の争いを予防するための重要な手段でもあります。
遺言を作成される場合に重要なことは、①適正な内容の遺言を作成することと、②有効な遺言となるよう形式面で注意することです。
また、遺言者の意思を実現するためには、相続開始後に、確実に遺言の内容が執行されることも重要です。
遺言の作成と執行につきご心配の方は、当事務所にご相談いただければ、適切な助言、サポートをさせていただきます。

遺言の作成

遺言事項の限定

法律では、遺言の明確性を確保するとともに、後日の紛争を予防するため、次のように、遺言をすることができる事項は限定されています。これら以外の事項を遺言に記載しても、法律上、遺言としての効力は認められません。

遺言事項

  1. 認知(民法781条2項)
  2. 未成年後見人・未成年後見監督人の指定(民法839条、848条)
  3. 相続人の排除や排除の取消し(民法893条、894条)
  4. 祭祀に関する権利承継者の指定(民法897条1項)
  5. 相続分の指定や指定委託(民法902条)
  6. 特別受益の持戻しの免除(民法903条)
  7. 遺産分割方法の指定や指定委託(民法908条)
  8. 相続開始から5年を超えない期間での遺産分割の禁止(民法908条)
  9. 相続人相互間での担保責任の分担(民法914条)
  10. 相続財産の全部または一部を処分すること(遺贈。民法964条)
  11. 遺言執行者の指定や指定委託(民法1006条)
  12. 一般財団法人の設立(一般社団法人及び一般財団法人に関する法律152条2項)
  13. 一般財団法人への財産の拠出(一般社団法人及び一般財団法人に関する法律164条2項)
  14. 遺言による信託の設定(遺言信託。信託法2条2項2号、3条2号、4条2項)
  15. 生命保険および傷害疾病定額保険における遺言による保険金受取人の変更(保険法44条、73条)

コラム

遺言を作成する必要があるケースの具体例

どのような場合に遺言を残す必要があるのか、具体的なケースで説明しましょう。

子供がおらず妻とその親もしくは兄弟姉妹が相続人となる場合

法定相続分は次のようになります

  1. 妻と夫の親が相続人の場合(民法900条2号)
    妻の法定相続分は3分の2、親の法定相続分は3分の1
  2. 妻と夫の兄弟姉妹が相続人の場合(民法900条3号)
    妻の法定相続分は4分の3、夫の兄弟姉妹(代襲相続があれば甥や姪)の法定相続分は4分の1
遺言がない場合

遺言がなければ、残された妻は、夫の親や兄弟姉妹と遺産分割協議を行う必要があります。夫の親や兄弟姉妹が、妻が全遺産を取得することに同意してくれるとしても、遺産分割協議書を作成し、印鑑証明書などをもらわなければなりません。あるいは、夫の親や兄弟姉妹が法定相続分を主張するかもしれません。そして、話合いがつかなければ、家庭裁判所における遺産分割調停や審判手続をとる必要があります。
このように、遺言がなければ、残された妻には多大な負担がかかってしまうのです。

遺言がある場合

「妻に全財産を相続させる」旨の遺言があると、妻は、遺産分割協議を行うことなく、遺言に基づいて遺産を取得することができます。
夫の親には遺留分がありますので、遺留分減殺請求をされれば、親の遺留分相当額(法定相続分1/3×1/2=1/6)を渡す必要がありますが、事案によっては、親は遺留分を主張しないことも考えられます。夫の兄弟姉妹には遺留分はありませんので、遺留分減殺請求を受けることもありません。
あるいは、夫の親や兄弟姉妹に相応の財産を渡す旨の遺言も考えられます。
このように、事案に従った相応の内容の遺言を作成することにより、紛争を予防することができるのです。

特定の子に特定の財産(自宅や会社)を承継させたい場合

例えば、相続人として子A、子B、子Cがいる場合で、子Aに自宅や会社(具体的には株式)を承継させたいとします。

遺言がない場合

遺言がなければ、A、B、Cの間で遺産分割協議を行い、B、Cが、Aが自宅は会社を承継することに同意しなければなりません。しかし、自宅や会社が遺産の中で大きな割合を占める場合、Aの法定相続分だけでは自宅や会社を取得することができない可能性もあります。

遺言がある場合

「Aに自宅や会社を取得させる」旨の遺言があれば、Aは円滑に自宅や会社を取得することができます。ただし、B、Cには遺留分がありますので、遺留分に配慮する必要があります。B、Cに分与すべき金融資産が不足している場合には、保険を活用するなどの対策を講じる必要もあるでしょう。

法定相続人以外の者に遺産を渡したい場合

相続人ではない孫や世話になった人に遺産を分与したい場合には、必ず、遺言を作成する必要があります。

遺言がない場合

相続人に、孫や世話になった人に遺産を分与するよう頼んでいても、正式に遺言を作成していなければ法的な効力はありません。

遺言がある場合

孫や世話になった人に財産を遺贈する旨の遺言があれば(民法964条)、確実に、財産を分与することができます。

遺産を渡す必要のない相続人がいる場合

例えば、兄弟姉妹としてA、B、Cがいるところ、Aが自分の面倒を見てくれ、深い交流があったものの、B、Cとは余り交流がなく、Aに財産を渡したいというような場合があります。

遺言がない場合

遺言がなければ、A、B、Cの間で遺産分割協議を行う必要があり、B、Cが相続分を主張すれば、B、Cにも財産を分与しなければなりません。

遺言がある場合

「Aに全ての財産を相続させる」旨の遺言があれば、兄弟姉妹には遺留分がありませんので、Aは遺言によって全ての財産を取得することができます。

遺言をすることができる者

原則

15歳以上の者は遺言をすることができます(民法961条)。すなわち、15歳以上であれば未成年者であっても遺言をすることができます。
遺言については、民法5条(未成年者の法律行為)、9条(成年被後見人の法律行為)、13条(保佐人の同意を要する行為等)および17条(補助人の同意を要する旨の審判等)の規定は適用されません(民法962条)。すなわち、通常の取引においては、未成年者は親権者等の同意、成年被後見人は成年後見人の同意、被保佐人は保佐人の同意、被補助人は補助人の同意を要する場合であっても、遺言については、これらの同意は不要とされているのです。遺言に示された表意者の意思は、それが真意に出たものである場合は、できる限り尊重するのが望ましいとの観点から規定されたものです。

被後見人の遺言についての特則

成年被後見人も遺言をすることができますが、この者が遺言をするためには、①事理弁識能力を一時的に回復しているときに、②医師2人以上の立会いのもとに行わなければなりません(民法973条1項)。遺遺言に立ち会った医師は、遺言者が遺言をする時において精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く状態になかった旨を遺言書に付記して、これに署名し、印を押さなければなりません(973条2項)。
被後見人が、後見の計算の終了前に、後見人またはその配偶者もしくは直系卑属の利益となるべき遺言をしたときは、その遺言は、無効です(966条1項)。ただし、直系血族、配偶者または兄弟姉妹が後見人である場合には無効となりません(966条2項)。
く早めに遺言書を作成すべきでしょう。

コラム

遺言の方式

遺言には、普通方式の遺言と特別方式の遺言があります(民法967条)。

普通方式

  1. 自筆証書遺言
    自筆証書遺言は、遺言者が、遺言の全文、日付および氏名を自署し、これに押印して作成する遺言です(民法968条)。
  2. 公正証書遺言
    公正証書遺言は、公証人が作成する遺言です(民法969条、969条の2)。
  3. 秘密証書遺言
    秘密証書遺言は、遺言者が、封じた証書を公証人に提出するものです(民法970条~972条)。

特別方式

  1. 危急時遺言
    危急時遺言は、死が迫っているなど普通の方式による遺言を作成できない場合には簡易な要件で遺言を作成することが認められているものです。
  2. 隔絶地遺言
    隔絶地遺言は、伝染病隔離者や在船者が行う遺言です。

コラム

国外における遺言作成の方式

日本人の方が日本国外にお住まいの場合、どのようにして遺言書を作成すればよいのでしょうか?

公正証書遺言・秘密証書遺言の作成方法

日本の領事の駐在する地に在る日本人が公正証書または秘密証書によって遺言をしようとするときは、公証人の職務は、領事が行います(民法984条)。
公正証書または秘密証書による遺言には公証人の関与が必要ですが、日本の公証人の職務執行区域は日本国内にとどまるので(公証人法17条)、領事に公証人の職務を行わせて、公正証書または秘密証書による遺言を外国でなしうることにしたのです。

それ以外の遺言書の作成方法

日本の法律では、国際遺言に関する法律は2つあります。

法の適用に関する通則法

まず、「法の適用に関する通則法」の第37条1項で「遺言の成立及び効力は、その成立の当時における遺言者の本国法による」と規定されています。
すなわち、「遺言の成立及び効力」については本国法、日本国籍の方の場合には日本の民法が適用されます。例えば、遺言能力(民法961条では15歳にならないと遺言をすることができない)などです。

遺言の方式の準拠法に関する法律

一方、「方式」については、下記1~5号のとおり、緩やかになっています。これは、遺言はできるかぎりその成立を容易にするという趣旨によるものです。
したがって、日本国外にお住まいの日本人の方が遺言をする場合、いずれの方式により作成しても適式な遺言となります。
ただし、遺言の執行がありますので、なるべく執行がしやすい方式で作成すべきでしょう。

第2条(準拠法)

遺言は、その方式が次に掲げる法のいずれかに適合するときは、方式に関し有効とする。

  1. 行為地法
  2. 遺言者が遺言の成立又は死亡の当時国籍を有した国の法
  3. 遺言者が遺言の成立又は死亡の当時住所を有した地の法
  4. 遺言者が遺言の成立又は死亡の当時常居所を有した地の法
  5. 不動産に関する遺言について、その不動産の所在地法

自筆証書遺言

自筆証書遺言とは?

自筆証書遺言とは、遺言者が、遺言の全文、日付および氏名を自署し、これに押印して作成する遺言です(民法968条)。

自筆証書遺言の作成方法

用紙・筆記用具など

用紙の制限はありません。
縦書き、横書きも自由です。
筆記用具は、鉛筆でも構いませんが、変造のおそれがあるため、ボールペンや万年筆などで作成することが望ましいでしょう。

全文を自筆で書くこと(自書)

パソコン等で作成したものは自書に当たらず、無効となります。コピーしたものも自書にはあたりません。
自書が必要な理由につき、最高裁判所昭和62年10月8判決・民集41巻7号1471頁は、「自書が要件とされるのは、筆跡によって本人が書いたものであることを判定でき、それ自体で遺言が遺言者の真意に出たものであることを保障することができるからにほかならない。そして、自筆証書遺言は、他の方式の遺言と異なり証人や立会人の立会を要しないなど、最も簡易な方式の遺言であるが、それだけに偽造、変造の危険が最も大きく、遺言者の真意に出たものであるか否かをめぐって紛争の生じやすい遺言方式であるといえるから、自筆証書遺言の本質的要件ともいうべき『自書』の要件については厳格な解釈を必要とするのである。」としています。
ただし、平成30年相続法改正により、財産目録については、パソコンで作成したり、預金通帳のコピーを添付し、財産目録に署名押印することでよくなりました。改正法は2019年(平成31年)1月13日から施行されていますが、施行日前にされた遺言については、相続開始が施行日以後であっても旧法が適用されます。

日付

自筆証書遺言では、証人も立会人もいないため、日付の自書は不可欠です。その理由は、①遺言能力の存否判断、②遺言書が複数ある場合における遺言書の先後に関する判断をするうえでも重要だからです。したがって、日付は年月日まで客観的に特定できるように記載しなければなりません。「自分の80歳の誕生日」や「自分の定年退職の日」は年月日が特定されますが、「5月吉日」では年月日が特定されません。最高裁判所昭和54年5月31判決・民集33巻4号445頁は「自筆証書によって遺言をするには、遺言者は、全文・日附・氏名を自書して押印しなければならないのであるが(民法968条1項)、右日附は、暦上の特定の日を表示するものといえるように記載されるべきものであるから、証書の日附として単に『昭和41年7月吉日』と記載されているにとどまる場合は、暦上の特定の日を表示するものとはいえず、そのような自筆証書遺言は、証書上日附の記載を欠くものとして無効であると解するのが相当である。」としています。

最高裁判所昭和52年11月21日判決・家庭裁判月報30巻4号91頁は、「自筆遺言証書に記載された日付が真実の作成日付と相違しても、その誤記であること及び真実の作成の日が遺言証書の記載その他から容易に判明する場合には、右日付の誤りは遺言を無効ならしめるものではない。」としていますが、間違わないよう正確に記載してください。

最高裁令和3年1月18日決定・判例タイムズ1486号11頁は、遺言者が、平成27年4月13日、入院先の病院において遺言の全文、同日の日付及び氏名を自書し、退院して9日後の同年5月10日、弁護士の立会いのもと押印した遺言について、「自筆証書によって遺言をするには,真実遺言が成立した日の日付を記載しなければならないと解されるところ(最高裁昭和51年(オ)第978号同52年4月19日第三小法廷判決・裁判集民事120号531頁参照)、前記事実関係の下においては、本件遺言が成立した日は、押印がされて本件遺言が完成した平成27年5月10日というべきであり、本件遺言書には、同日の日付を記載しなければならなかったにもかかわらず、これと相違する日付が記載されていることになる。しかしながら,民法968条1項が、自筆証書遺言の方式として、遺言の全文、日付及び氏名の自書並びに押印を要するとした趣旨は、遺言者の真意を確保すること等にあるところ、必要以上に遺言の方式を厳格に解するときは、かえって遺言者の真意の実現を阻害するおそれがある。したがって、Aが、入院中の平成27年4月13日に本件遺言の全文、同日の日付及び氏名を自書し、退院して9日後の同年5月10日に押印したなどの本件の事実関係の下では、本件遺言書に真実遺言が成立した日と相違する日の日付が記載されているからといって直ちに本件遺言が無効となるものではないというべきである。」としています。

また、東京地裁令和2年10月8日判決・判例時報2491号54頁は、遺言書には遺言書が作成された真実の日が記載されていることが必要であり、その主張立証責任は、自筆証書遺言の有効性を主張する者が負うとしています。

署名

署名は遺言者を特定するものですから、戸籍上の氏名でなくても、通称・雅号・ペンネームでも構いませんし、氏と名のいずれか一方しか書かなくても遺言者が特定できるものであれば構いません。
署名は、遺言書(または物理的にこれと一体とみられるもの)にされなければなりません。
最高裁判所昭和36年6月22判決・民集15巻6号1622頁は、「遺言書が数葉にわたるときであっても、その数葉が一通の遺言として作成されたものであることが確認されればその一部に日附、署名、捺印が適法になされている限り、右遺言書を有効と認めて差支えないと解するを相当とする。」としています。

押印

認印や拇印でも構いません。
押印は、全文の自書とあいまって、遺言書作成の真正さを担保するものです(遺言書作成の真正さの担保)。また、わが国の慣行ないし法意識としては、重要な文書については、作成者が署名したうえで押印することによって文書の作成が完結するというものです(文書完成の担保)。
最高裁判所平成元年2月16日判決・民集43巻2号45頁は、「自筆証書によって遺言をするには、遺言者が遺言の全文、日附及び氏名を自書した上、押印することを要するが(民法968条1項)、右にいう押印としては、遺言者が印章に代えて拇指その他の指頭に墨、朱肉等をつけて押捺することをもって足りるものと解するのが相当である。」としています。
封筒の封じ目に押印された自筆証書遺言につき、最高裁平成6年6月24日判決・家庭裁判月報47巻3号60頁は「遺言者が、自筆証書遺言をするにつき書簡の形式を採ったため、遺言書本文の自署名下には押印をしなかったが、遺言書であることを意識して、これを入れた封筒の封じ目に押印したものであるなど原判示の事実関係の下においては、右押印により、自筆証書遺言の押印の要件に欠けるところはない。」としています。

加除訂正

自筆証書(財産目録を含む)中に加除・訂正その他の変更をするときは、①遺言者がその場所を指示し、②これを変更した旨を付記して、③特にこれに署名し、かつ、④変更場所に印を押さなければ、効力がありません(民法968条3項)。他人による自筆証書遺言の偽造・変造を防止するために、このような厳格な方式が要求されているのです。押印は、遺言書作成時に用いた印章とは別の印章によるものであってもかまいません。
明らかな誤記につき、最高裁判所昭和56年12月18日判決・民集35巻9号1337頁は、「自筆証書中の証書の記載自体からみて明らかな誤記の訂正については、たとえ同項所定の方式の違背があっても遺言者の意思を確認するについて支障がないものであるから、右の方式違背は、遺言の効力に影響を及ぼすものではないと解するのが相当である」としています。

契印

用紙が数枚になる場合には頁数を記入するとか、契印したほうが望ましいでしょう。

封入・表題

封筒に入れる必要はありません。「遺言」や「遺言書」といった表記をしなくとも構いませんが、実務上、「遺言」、「遺言書」などと表記されることが多いものと思われます。

封印

封印をする必要はありません。封印した場合、遺族らは、家庭裁判所において相続人またはその代理人の立会いがなければ開封することができません。

平成30年相続法改正~自筆証書遺言の方式緩和

これまでの自筆証書遺言の要件は、①全部を自署すること、②日付を自署すること、③氏名を自署すること、④押印すること、でした。
その結果、不動産や預金の明細を記した財産目録までも自署する必要があり、多くの財産がある場合、全文を自署するには負担が重いという問題がありました。
そこで、平成30年相続法改正により、次のような改正がおこなわれました。

財産目録は自署でなくともよい

全文の自書を要求している現行の自筆証書遺言の方式を緩和し、自筆証書遺言に添付する財産目録については自書でなくてもよいものとされました(民法968条2項)。この結果、財産目録については、パソコンで作成したり、預金通帳のコピーを添付し、財産目録に署名押印することでよくなったのです。
ただし、財産目録の各頁に署名押印することを要します。

施行期日

2019年(平成31年)1月13日から施行されています。

共同遺言の禁止

2人以上の者が同一の遺言証書で遺言をすることはできません(民法975条)。これは、①共同遺言を許すと遺言の自由(遺言作成の際の個々人の意思の自由)や撤回の自由を確保するのに支障をきたす-遺言者の一方の意思決定が他方によって影響されやすい状況が定型的に認められる-ことと、②一方の遺言に無効原因がある場合に他方の遺言をどのように処理するかをめぐって複雑な法律関係が生じるのを避けることを考慮したからです。

コラム

自筆証書遺言の保管制度

平成30年相続法改正により法務局における遺言書の保管制度が創設されました。
これまで、自筆証書遺言が作成されても、多くの場合、自宅で保管されていました。しかし、これでは、遺言書が紛失したり、相続人により遺言書の廃棄、隠匿、改ざんが行われる危険がありました。
法務局における自筆証書遺言保管の制度により、これらの危険が防止され、今後の主流になる可能性もあります。

法務局における遺言書の保管制度の概要

1 遺言書の保管の申請
  1. 保管の申請の対象となるのは自筆証書遺言のみです。また、遺言書は、封のされていない法務省令で定める様式に従って作成されたものでなければなりません。
  2. 遺言書の保管に関する事務は、法務局のうち法務大臣の指定する法務局(遺言書保管所)において、遺言書保管官として指定された法務事務官が取り扱います。
  3. 遺言書の保管の申請は、遺言者の住所地若しくは本籍地又は遺言者が所有する不動産の所在地を管轄する遺言書保管所の遺言書保管官に対してすることができます。
  4. 遺言書の保管の申請は、遺言者が遺言書保管所に自ら出頭して行わなければなりません。その際、遺言書保管官は、申請人が本人であるかどうかの確認をします。
2 遺言書保管官による遺言書の保管及び情報の管理

保管の申請がされた遺言書については、遺言書保管官が、遺言書保管所の施設内において原本を保管するとともに、その画像情報等の遺言書に係る情報を管理することとなります。

3 遺言者による遺言書の閲覧、保管の申請の撤回
  1. 遺言者は、保管されている遺言書について、その閲覧を請求することができ、また、遺言書の保管の申請を撤回することができます。保管の申請が撤回されると、遺言書保管官は、遺言者に遺言書を返還するとともに遺言書に係る情報を消去します。
  2. 遺言者の生存中は、遺言者以外の方は、遺言書の閲覧等を行うことはできません。
4 遺言書の保管の有無の照会及び相続人等による証明書の請求等
  1. 特定の死亡している者について、自己(請求者)が相続人、受遺者等となっている遺言書(関係遺言書)が遺言書保管所に保管されているかどうかを証明した書面(遺言書保管事実証明書)の交付を請求することができます。
  2. 遺言者の相続人、受遺者等は、遺言者の死亡後、遺言書の画像情報等を用いた証明書(遺言書情報証明書)の交付請求及び遺言書原本の閲覧請求をすることができます。
  3. 遺言書保管官は、遺言書情報証明書を交付し又は相続人等に遺言書の閲覧をさせたときは、速やかに、当該遺言書を保管している旨を遺言者の相続人、受遺者及び遺言執行者に通知します。
5 遺言書の検認の適用除外

遺言書保管所に保管されている遺言書については、 遺言書の検認(民法第1004条第1項)の規定は、適用されません。

6 手数料

遺言書の保管の申請、遺言書の閲覧請求、遺言書情報証明書又は遺言書保管事実証明書の交付の請求をするには、手数料を納める必要があります。

7 施行期日

2020年(令和2年)7月10日から施行されています。
詳細は、法務省サイト「法務局における自筆証書遺言書保管制度について」をご覧ください。

公正証書遺言

公正証書遺言は公証人が作成する遺言です。
2人以上の証人の立会いを得て、遺言者が公証人に遺言の趣旨を口授し、公証人がこれを筆記して、遺言者および証人に読み聞かせまたは閲覧させ、遺言者および証人が筆記の正確なことを承認した後に各自署名押印し、公証人が方式に従って作成された旨を付記して署名押印して作成されます(民法969条)。

公正証書遺言の作成方法

  1. 遺言者と証人2人が公証人役場へ出向きます(公証人に自宅や病院に出張してもらうこともできます)。
  2. 遺言者が遺言の内容を公証人に口授し、公証人がこれを筆記します(ただし、実務上、事前に公証人に遺言の内容を伝えておいて公証人が遺言書を作成しておき、当日は、公証人が遺言者から遺言内容を口授してもらい遺言者の意思を確認するという方法がとられています)。
  3. 公証人が遺言書の内容を遺言者および証人に読み聞かせまたは閲覧させ、間違いがないか確認します。
  4. 遺言者および証人が遺言書に署名捺印します。
  5. 公証人が遺言書に署名捺印します。
  6. 遺言書の原本(署名押印のあるもの)は公証役場で保管され、遺言者には遺言書の正本と謄本が交付されます。
  7. 口がきけない者や耳が聞こえない者が公正証書遺言を作成する場合の特則が定められています(民法969条の2)。

証人の欠格事由

証人になるための資格は特にありませんが次の者は証人になることができません(民法974条)。

  1. 未成年者
  2. 推定相続人および受遺者ならびにこれらの配偶者および直系血族
  3. 公証人の配偶者、4親等内の親族、書記および使用人

どの方式の遺言を作成すべきか?

遺言には普通方式(自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言)と特別方式(危急時遺言、隔絶地遺言)があります。
このうち、自筆証書遺言か公正証書遺言が作成されることが通例ですが、どちらを作成すればよいのか分からないという方もいらっしゃると思います。
当事務所では、公正証書遺言の方が形式面でも内容面でも正確な遺言を作成できますし、相続発生後には検認の手続が不要となるというメリットがありますので公正証書遺言の作成をお勧めしています。
しかし、公正証書遺言の作成にこだわって日時が経過してしまい(公証人の都合により1ヶ月程度要することもあります)、結局、遺言を作成できないという事態もあり得ます。実際、「来週、公証役場で公正証書遺言を作成してもらうことになっていたが、その前に亡くなってしまった」というお話をお聞きしたこともあります。公正証書遺言作成まで時間がかかりそうなら、まず、自筆証書遺言を作成し、その後、同じ内容で公正証書遺言を作成すべきです。
また、2020年(令和2年)7月10日から法務局による自筆証書遺言保管制度が発足しています。今後は、この制度が主流となる可能性もありますので、ご検討いただければと思います。

自筆証書遺言の長所・短所

長所
  1. 誰にも知られずに作成できる(内容のみならず、存在も隠しておくことができる)
  2. 何時でも簡単に作成できる(証人が不要であり1人で作成できる)
  3. 作成費用がかからない
短所
  1. 方式不備で無効とされる危険性が大きい
  2. 遺言書が発見されない危険性、偽造・変造される危険性も大きい
  3. 遺言書の紛失や、他人による隠匿・破棄の危険性も大きい
  4. 家庭裁判所による検認手続が必要である(民法1004条)

法務局による自筆証書遺言保管制度

自筆証書遺言の短所が、ほぼ、なくなっています。ただし、法務局は内容についての審査は行いませんので、遺言書を作成する再には弁護士などの専門家にご相談されることをお勧めします。

公正証書遺言の長所・短所

長所
  1. 方式不備により無効とされる危険性がない
  2. 原本が公証人役場に保管されているので偽造・変造のおそれがない
  3. 遺言書の紛失や、他人による隠匿・破棄の危険性がない
  4. 家庭裁判所による検認手続きが不要である
  5. 自書、署名ができなくても遺言の作成は可能である(民969条4号ただし書)
  6. 公証人により意思確認が行われるので、後日、無効とされる危険性が少ない
短所
  1. 作成費用がかかる
  2. 証人2人が必要である
  3. 少なくとも証人2人に遺言内容を知られる

遺言の撤回

遺言撤回の自由

遺言を作成しても、その後、遺言を自由に撤回することができます(民法1022条)。
遺言者は、遺言を撤回する権利を放棄することはできず(民法1026条)、撤回権を放棄する旨の合意(契約)をしても無効です。

撤回の方式

遺言を撤回するときは「遺言の方式に従って」行わなければなりません(民法1022条)。したがって、内容証明郵便による撤回は「遺言の方式」に従ったものではありませんので、撤回したことにはなりません。
前の遺言と撤回遺言の方式が異なっていてもかまいません。公正証書遺言を自筆証書遺言で撤回してもかまわないのです。

擬制撤回

次のような場合、遺言は撤回されたものと評価されます。

  1. 前の遺言と後の遺言が内容的に抵触する場合
  2. 遺言内容とその後の生前処分とが抵触する場合
  3. 遺言者が故意に遺言書または遺贈の目的物を破棄した場合(民法1024条)

コラム

遺言内容の注意点

遺言を作成する場合、無効とならないよう形式面で注意すべきことは当然ですが、内容面にも十分な注意が必要です。公正証書遺言を作成する場合であっても、公証人が、十分に時間をとって相談に応じてくれるとは限りません。
内容面に不備があれば、せっかく遺言を作成しても無効となったり、解釈をめぐって争いが生じることになります。
遺言内容の注意点を幾つか掲げますが、遺言作成の際には、弁護士などの専門家にご相談されることをお勧めします。

「財産をすべてまかせる」との遺言

東京高裁昭和61年6月18日判決・家庭裁判月報39巻4号38頁では、「財産をすべてまかせる」旨の遺言の意味について争われました。判決は、「『まかせる』という言葉は、本来『事の処置などを他のものにゆだねて、自由にさせる。相手の思うままにさせる。』ことを意味するにすぎず、与える(自分の所有物を他人に渡して、その人の物とする。)という意味を全く含んでいないところ、本件全証拠によっても遺言者の真意が訴外人に本件土地を含むその所有の全財産を遺贈するにあったと認めるには足りない。」と判示し、遺贈の意味ではないとしました。

「相続させる」と「遺贈する」

相続に特定の財産を取得させる場合には「相続させる」と記載するのが一般的ですが、この相続することができるのは相続人だけですから、第三者に「相続させる」と記載した場合、効力が生じない可能性があります。専門用語の使用については注意してください。

財産の特定方法

できるだけ正確に記載してください。

①不動産

不動産全部事項証明書のとおり正確に記載するか、財産目録にそのコピーを添付してください(民法968条2項)。

②預貯金

金融機関名・支店名・口座番号などを記載してください。

③株式

発行会社名・銘柄などを記載してください。
ただし、②や③で、預金残額や株式数まで記載してしまうと、増額した分は対象とならないと解される危険がありますので、預金残額や株式数まで記載すべきではありません。
また、②や③で、将来、変動する可能性がある場合、「A銀行〇〇支店に存する預金等全て」、「B証券会社に存する有価証券等全て」などと記載すべきです。

全ての財産を記載すること

遺言には全ての財産を記載するようにしてください。
例えば、「自宅は長男に相続させる」という遺言を作成したところ、他に財産があると、長男には自宅だけを取得させるのか、他の財産にも遺産分割に参加させるのか不明確です。そうすると、遺言があるため、かえって紛争が生じてしまうことになります。記載されなかった遺産については、結局、遺産分割が必要となります。
したがって、「その余の財産は全て相続人Aに相続させる」などの条項を入れるべきです。
遺言を作成する以上、万全の内容の遺言を作成し、相続人間に無用な紛争を生じさせない配慮が必要です。

遺言執行者を指定すること

簡単な内容の遺言であっても、遺言執行者を指定しておいた方が、執行が容易なことがあります。専門家でなくともかまいませんので、中心となる相続人の方などを遺言執行者に指定しておくべきです。

コラム

遺贈

遺贈とは、被相続人が遺言によって他人(受遺者)に自己の財産を与える処分行為です(民法964条)。
遺贈には特定遺贈と包括遺贈があります。
特定遺贈とは、受遺者に与えられる目的物や財産的利益が特定された遺贈であり、例えば、「甲不動産をAに譲る」というものです。
包括遺贈とは、遺産の全部または一定割合で示された部分の遺産を受遺者に与える処分行為であり、例えば、「自分の財産の3分の1をBに譲る」というものです。

コラム

付言事項の活用

例えば、相続人として子Aと子Bがおり、Aには特に面倒をみてもらったなどの理由で、Aに財産の大半を渡したいと希望する場合もあるでしょう。あるいは、不動産をAに取得させるため、どうしてもAに沢山の財産を残すことになるという場合もあるでしょう。
このような場合、公正証書遺言では付言事項として、「これまでAには大変世話になってきたので、Bは納得してください。これからもAとBは仲良くやってもらうことを祈っています」、「・・・・の事情でAに不動産を取得させることにしたので、Bは私の気持ちを理解し、納得してください」などと書いてもらうことも検討されればいかがでしょうか。

遺言の保管方法

遺言書を作成したが、どのようにして保管すればよいのかとの相談を受けることもあります。
まず、自筆証書遺言の場合ですが、自宅の金庫に入れておく、貸金庫に入れておく、仏壇やタンスの中に入れておくという保管方法をよく聞きます。ただし、このような保管方法では、遺族の方が遺言の存在に気づかなかったり、あるいは、先に発見した相続人が隠匿してしまうという事態も考えられ、遺言作成者の意思通りに執行されない危険もあります。
このような場合、大きな財産を渡す相続人や自分が最も信頼している相続人に預けておくのがよいかと思われます。
公正証書遺言の場合、原本は公証役場に保管され、公証人から遺言書の正本1通と謄本1通を渡されます。これらを自筆証書遺言と同じように保管しておくか、自分で正本を保管し、信頼できる相続人に謄本を保管してもらうという方法も考えられます。
また、2020年7月10日から法務局における自筆証書遺言保管の制度が発足し、この制度を利用すれば、法務局が保管してくれます。
状況に応じて保管方法を工夫してください。

遺言の作成~コラムまとめ

遺言事項の限定

遺言をすることができる者

遺言の方式

自筆証書遺言

遺言の撤回

遺言内容の注意点

遺贈

遺言書が見つかった場合の対応

被相続人の生前から遺言を預かっていた、遺品を整理していたら遺言が見つかったという場合の対処法をご説明します。

公正証書遺言・法務局に保管されている自筆証書遺言

公正証書遺言・法務局に保管されている自筆証書遺言の場合に検認は必要ありませんので(民法1004条2項、法務局における遺言書の保管等に関する法律11条)、直ちに、執行に取り掛かることができます。

自筆証書遺言等

自筆証書遺言、秘密証書遺言、危急時遺言、隔絶地遺言は、遅滞なく、家庭裁判所に検認の請求をしなければなりません(民法1004条1項)。

封印してある遺言

遺言に封印がしてあれば絶対に自分で開封してはいけません。封印のある遺言書は家庭裁判所において相続人又はその代理人の立会いがなければ開封することができず(民法1004条3項)、これに違反すると5万円以下の過料に処されるからです(民法1005条)。
また、仮に、その遺言の封筒に署名、押印、日付の記載などがあり、中の本文にはこれらが欠けている場合、開封しなければ全体として有効な遺言とみなされるのに、開封したがため無効となってしまう可能性もあります。東京高裁平成18年10月25日判決・判タ1134号159頁は、遺言内容の記載された書面には遺言者の署名押印を欠き、検認時に既に開封されていた封筒には遺言者の署名押印がある場合の自筆証書遺言は無効としていますので注意が必要です。

検認

検認とは?

検認とは、遺言書の形式・態様などを調査・確認して、その偽造・変造を防止し、保存を確実にする目的でなされる検証手続です。証拠保全手続にすぎませんから、遺言書の真否や内容の有効・無効を判定するものではありません。
公正証書遺言・法務局に保管されている自筆証書遺言の場合に検認は必要ありません。

検認の手続

  1. 遺言を保管している遺族らは家庭裁判所に検認の請求をする(相続人ら全員に通知されるので相続人全員を確定できる戸籍謄本等を取り寄せ、家庭裁判所に提出する必要があります)。
  2. 家庭裁判所は検認の期日を決め、相続人ら全員に通知する。
  3. 出頭した相続人らの立会いのもとで(相続人らは出頭する義務はありません)、遺言書が確認される。
  4. 検認が終了すると検認調書が作成される。

注意点

  1. 遺言書の検認を怠ったり、検認を経ないで遺言を執行したり、封印されている遺言書を家庭裁判所外において開封をした者は5万円以下の過料に処せられますので注意が必要です(民法1005条)。
  2. 遺言に基づき不動産の移転登記を行ったり、預金等を解約する場合には検認を受ける必要があります。
  3. 福岡高裁決定昭和38年4月24日決定・判例タイムズ154号79頁は、検認は一種の検証手続で、遺言の内容の真否、その法律上の効力の有無など遺言書の実体上の効果を判断する審判(裁判)ではなく、相続人その他の利害関係人といえども検認に対し抗告をもって不服を申立てることはできないとしています。家庭裁判所から呼出を受けた相続人が、検認期日に立ち会わなかったとしても、不服申立てをすることはできませんので、遺言の内容に関心がある場合にはできるだけ出頭してください。

遺言の執行

執行行為が不要な事項と必要な事項

遺言内容には、執行行為が不要なものと、執行行為が必要なものがあります。

執行行為が不要なもの

例えば、次の遺言内容は、遺言の効力が発生すると同時にその内容が実現し、執行行為は不要です。

  1. 未成年後見の指定(民法839条)
  2. 相続分の指定(民法902条)
  3. 遺産分割方法の指定(民法908条)
  4. 相続人間の担保責任の指定(民法914条)
執行行為が必要なもの

例えば、次の遺言内容は、実現させるために執行行為が必要です。

①遺言による認知(民法781条2項)

必ず遺言執行者がしなければなりません(民法1012条)。遺言執行者は就職の日から10日以内に戸籍簿に記載するために認知の届出をしなければなりません(戸籍法64条)。

②遺言による相続人の排除(893条)

必ず遺言執行者がしなければなりません(民法1012条)。遺言執行者は家庭裁判所に排除の申立てをし、裁判の確定した日から10日以内に、この旨を戸籍簿に記載するための届出をしなければなりません(戸籍法97条)。

③遺贈の内容の実現

特定遺贈に関しては、遺言執行者ではなくて、相続人自身が履行してもかまいません。

④一般財団法人を設立するための定款作成

遺言執行者は、当該遺言の効力が生じた後、遅滞なく、当該遺言で定めた事項を記載した定款を作成し、これに署名し、または記名押印しなければなりません(一般社団法人及び一般財団法人に関する法律152条2項)。

遺言執行の具体例

不動産名義の変更

「A不動産をBに相続させる」との遺言があった場合、相続人BはA不動産を、遺言に基づき、他の相続人の協力を得ることなく、単独で相続登記手続を行うことができます。
一方、「C不動産をDに遺贈する」との遺言があった場合、受贈者Dは単独で登記手続を行うことはできず、相続人か遺言執行者と受遺者の共同申請になります。遺言執行者が指定されていない場合には相続人全員から印鑑をもらう必要がありますが、相続人が協力してくれない場合には家庭裁判所に遺言執行者選任の申立てをして遺言執行者の印鑑をもらうことになります。遺言執行者がある場合には、遺贈の履行は遺言執行者のみが行うことができます(民法1012条2項)。
このように、遺言内容により、手続が異なってきます。

預金解約

「E銀行の預金をFに相続させる」との遺言があった場合、相続人Fは、本来、遺言書を提示すれば預金の払戻しを請求できるはずですが、銀行は、①遺言が無効である可能性、②別の遺言書がある可能性等により、払戻しに応じると、後日、他の相続人等との紛争に巻き込まれるリスクをおそれて、簡単には払戻しに応じてくれないことがあります。
このような場合、弁護士が代理人として払戻し手続を行う、訴訟を提起して払戻しを請求するなどの方策を検討する必要があります。

遺言執行者

遺言執行者となることのできる資格

遺言執行者は、自然人に限らず、法人でもかまいません。
相続人が遺言執行者になることもできます。実務的にも、遺言で相続人が遺言執行者に指定されたり、相続開始後、家庭裁判所が相続人を遺言執行者に選任することも多く見受けられます。
未成年者・破産者は遺言執行者になることができません(民法1009条)。
なお、弁護士が遺言執行者になる場合、相続人間で紛争が生じた際に当該弁護士は特定の相続人に代理人になることはできませんので、注意してください(コラム「遺言執行者である弁護士が特定の相続人の代理人となることの可否」)。

遺言執行者の職務

任務開始

遺言執行者は、就職を承諾したときは、直ちにその任務を開始しなければなりません(民法1007条1項)。
具体的には、遺言執行の対象となる相続財産(不動産、預金、貸金庫、株式などの有価証券、貴金属などの動産類、自動車など)を調査し、自己の管理下に移して保全措置を講じます。

相続人に対する遺言内容の通知義務

遺言執行者は、任務を開始したときは、遅滞なく、遺言の内容を相続人に対して通知しなければなりません(同条2項)。
「遺言の内容」については、遺言書の写しを交付することが一般的です。

相続財産の目録の作成

遺言執行者は、遅滞なく、相続財産の目録を作成して、相続人に交付しなければなりません(民法1011条1項)。遺言執行者は、相続人の要求があるときは、その立会いをもって相続財産の目録を作成し、または公証人にこれを作成させなければなりません(同条2項)。

遺言執行者の権限

遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理、その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有しています(民法1012条1項)。

不動産を「相続させる遺言」

不動産を「相続させる」旨の遺言の場合、譲り受けた相続人が単独で登記手続を行うことができますので遺言執行者が行う必要はありませんが、平成30年相続法改正により、遺言執行者にも登記手続を行う権限が認められました(民法1014条2項)。

預貯金を「相続させる遺言」

預貯金を「相続させる遺言」の場合、当該相続人は当然に当該預貯金を取得し、自分で預貯金の解約・払戻しを行うことができます。そのため、遺言執行者が預貯金の払戻し・解約を行う権限があるか否か争いがありましたが、平成30年相続法改正では、遺言執行者は、預貯金の払戻し・解約をすることができるとされました(民法1014条3項)。

職務の終了

全ての遺言事項の執行が完了すれば、相続人らに対して完了した旨の通知を行い、遺言執行者の任務は終了します。

報酬

遺言で遺言執行者の報酬額が定められている場合、その定めによります。遺言で定められていない場合、家庭裁判所に報酬付与の審判の申立を行い、審判で決めてもらいます。

遺言執行者の解任

遺言執行者がその任務を怠ったときその他正当な事由があるときは、利害関係人は、その解任を家庭裁判所に請求することができます(民法1019条1項)。
裁判例では、①遺言執行者が相続人の1人と意を通じ、その者の利益代表者のように振る舞って、紛争を激化させた事案、②遺言執行者が遺贈の目的たる土地・建物の所有権確認訴訟において相手方から金員を受け、受遺者の利益を無視して相手方に有利に事を運んだ事案、などにおいて解任が認められています。
遺言執行者が単にこちらの言い分通りに行動してくれないという程度では解任は認められませんが、遺言執行者の対応が余りにひどい場合には遺言執行者の解任を請求せざるをえないでしょう。

遺言執行者の辞任

遺言執行者は、正当な事由があるときは、家庭裁判所の許可を得て、その任務を辞することができます(民法1019条2項)。
正当な事由の具体例としては、疾病、長期不在の場合や、相続人間の敵対関係により遺言執行に対する意欲を失った場合があります。

遺言の解釈・効力についての検討

遺言を執行しようとしても、場合によっては、遺言の解釈につき疑義があることもあります。
そのような場合には弁護士等の専門家にご相談されるべきと思います。

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