他人の添え手による補助を受けてされた自筆証書遺言は有効か?
遺言者の手が震えるなどしている場合、他人が添え手をして作成された遺言は有効となるのでしょうか?
最高裁昭和62年10月8日判決は、添え手によった場合における「自筆」の要件を示したうえで、当該事案では遺言は無効としています。
下級審裁判例では、有効とした東京高裁平成5年9月14日・判例タイムズ847号271頁と無効とした東京地裁平成18年12月26日判決・判例タイムズ1255号307頁があり、自書をめぐって争いが生じるところです。
最高裁昭和62年10月8日判決・民集41巻7号1471頁
一般論
「自筆証書遺言は遺言者が遺言書の全文、日附及び氏名を自書し、押印することによってすることできるが(民法968条1項)、それが有効に成立するためには、遺言者が遺言当時自書能力を有していたことを要するものというべきである。そして、右にいう『自書』は遺言者が自筆で書くことを意味するから、遺言者が文字を知り、かつ、これを筆記する能力を有することを前提とするものであり、右にいう自書能力とはこの意味における能力というものと解するのが相当である。したがって、全く目の見えない者であっても、文字を知り、かつ、自筆で書くことができる場合には、仮に筆記について他人の補助を要するときでも、自書能力を有するというべきであり、逆に、目の見える者であっても、文字を知らない場合には、自書能力を有しないというべきである。そうすれば、本来読み書きのできた者が、病気、事故その他の原因により視力を失い又は手が震えるなどのために、筆記について他人の補助を要することになったとしても、特段の事情がない限り、右の意味における自書能力は失われないものと解するのが相当である。原審は、Aが、昭和四42年頃から老人性白内障により視力が衰えたものの昭和44年頃までは自分で字を書いていたことを認定しつつ、昭和45年4月頃脳動脈硬化症を患ったのち、その後遺症により手がひどく震えるようになったことから、時たま紙に大きな字を書いて妻の○○や上告人○○に『読めるか』と聞いたりしたことがあるほかは字を書かなかったこと、本件遺言の当日も、自分で遺言書を書き始めたが、手の震えと視力の減退のため、偏と旁が一緒になったり、字がひどくねじれたり、震えたり、次の字と重なったりしたため、○○から『ちょっと読めそうにありませんね』と言われてこれを破棄したことなどの事実を認定し、Aは、本件遺言書の作成日附である昭和47年6月1日当時、相当激しい手の震えと視力の減退のため自書能力を有していたとは認められないと判断しているのであるが、右認定事実をもってしては、Aが前示の意味における自書能力を失っていたということはできないものというべきであり、原判決には自筆証書遺言の要件に関する法律の解釈適用を誤った違法があるというほかはない。」
本件遺言の効力
「自筆証書遺言の方式として、遺言者自身が遺言書の全文、日附及び氏名を自書することを要することは前示のとおりであるが、右自書が要件とされるのは、筆跡によって本人が書いたものであることを判定でき、それ自体で遺言が遺言者の真意に出たものであることを保障することができるからにほかならない。そして、自筆証書遺言は、他の方式の遺言と異なり証人や立会人の立会を要しないなど、最も簡易な方式の遺言であるが、それだけに偽造、変造の危険が最も大きく、遺言者の真意に出たものであるか否かをめぐって紛争の生じやすい遺言方式であるといえるから、自筆証書遺言の本質的要件ともいうべき『自書』の要件については厳格な解釈を必要とするのである。『自書』を要件とする前記のような法の趣旨に照らすと、病気その他の理由により運筆について他人の添え手による補助を受けてされた自筆証書遺言は、(1)遺言者が証書作成時に自書能力を有し、(2)他人の添え手が、単に始筆若しくは改行にあたり若しくは字の間配りや行間を整えるため遺言者の手を用紙の正しい位置に導くにとどまるか、又は遺言者の手の動きが遺言者の望みにまかされており、遺言者は添え手をした他人から単に筆記を容易にするための支えを借りただけであり、かつ、(3)添え手が右のような態様のものにとどまること、すなわち添え手をした他人の意思が介入した形跡のないことが、筆跡のうえで判定できる場合には、『自書」』の要件を充たすものとして、有効であると解するのが相当である。」
「原審は、右と同旨の見解に立つたうえ、本件遺言書には、書き直した字、歪んだ字等が一部にみられるが、一部には草書風の達筆な字もみられ、便箋四枚に概ね整った字で本文が22行にわたって整然と書かれており、前記のようなAの筆記能力を考慮すると、○○がAの手の震えを止めるため背後からAの手の甲を上から握って支えをしただけでは、到底本件遺言書のような字を書くことはできず、Aも手を動かしたにせよ、○○がAの声を聞きつつこれに従って積極的に手を誘導し、○○の整然と字を書こうとする意思に基づき本件遺言書が作成されたものであり、本件遺言書は前記(2)の要件を欠き無効であると判断しているのであって、原審の右認定判断は、前記説示及び原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。」