限定承認
被相続人が亡くなられた後、過大な借金があれば相続放棄されることが多いと思われますが、
①財産と借金のどちらが多いか分からないという場合
②どうしても残したい財産があるという場合
などには、限定承認という方法があります。
限定承認は複雑な手続であり、当事務所にご相談いただければ、適正な助言、サポートをさせていただきます。
目次
限定承認とは?
限定承認とは、相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務および遺贈を弁済すべきことを留保して、相続の承認をすることです(民法922条)。
限定承認を利用すべき場合
積極的財産と負債のどちらが多いか分からない場合
相続財産のうちマイナスの財産(負債)が多いことが明らかであれば、相続人は相続放棄をすればよいのですが、プラスの財産が多いのかマイナスの財産が多いのか不明の場合には、相続した方がよいのか相続放棄した方がよいのか迷います。この場合、限定承認すれば、プラスの財産の範囲内でのみ債務を弁済し、残った債務は弁済する必要がありません。
具体的には、次のような場合が考えられます。
①相続財産である不動産が幾らで売れるか分からないというような場合です。
②被相続人と疎遠で、後日どのような負債が出てくるか分からないという場合です。特に、誰かの連帯保証人になっているような場合には、相続開始時に調査しても判明しないことがあり注意が必要です。
③被相続人が訴訟提起されており、訴訟の結果によっては債務超過になるかもしれないというような場合です。
債務超過は明らかだが特定の財産を残したい場合
債務超過は明らかだが特定の財産を残すために限定承認を利用することもあります。
限定承認において弁済をするにつき相続財産を売却する必要があるときは、限定承認者は競売に付さなければならないのが原則です。ただし、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従い相続財産の全部または一部の価額を弁済して、その競売を止めることができます(民法932条)。これを先買権といいます。
この「競売を止めることができる」との規定は、単に競売手続を中止ないし停止できるというだけの意味ではなく、鑑定人の鑑定価格以上の金員を支払うことにより、当該相続財産を被相続人の債務の引当てとなる責任財産から解放し、その当該相続財産を取得する権利を認めた趣旨です。
したがって、先買権を行使することにより、特定の財産を残すことができる可能性もあるのです。
税務上の問題
相続税
限定承認でも、相続財産価額が、相続債務、基礎控除額等を上回るときには相続税が発生します。
譲渡所得税
譲渡所得とは、資産を譲渡することによって生ずる所得であり、ここにいう「所得」とは、所有資産の値上がり益であって、譲渡所得に対する課税は、資産が譲渡によって所有者の手を離れる機会に、その所有期間中の値上がり益を清算して課税するものです。
相続人が限定承認をした場合は、「相続が開始した時」に「時価」で、資産の譲渡がなされたものとして、資産の値上がり益に対してみなし譲渡所得課税が行われます。単純承認の場合は、課税繰延となり、相続時に譲渡所得課税は行われず、相続人が後に不動産を売却等した時に被相続人の所有期間の値上がり益まで含めて譲渡所得課税が行われるのですが、限定承認の場合は、相続開始時に譲渡したものとみなされて譲渡所得課税が行われるのです。
そして、限定承認における譲渡所得課税は、被相続人の債務として、限定承認の手続の中で他の債務と一緒に清算され、仮に相続した資産の換価代金をもっても弁済しきれない債務(譲渡所得税)が残ったとしても、それは限定承認の手続によって切り捨てられることになり、相続人が負担することありません。
ただし、課税時期が早まりますので、値上がり益が多い資産が含まれている場合、単純承認すれば残すことができた不動産を売却せざるを得なくなる可能性もありますので、限定承認に際しては、税務上の問題についても十分な検討が必要です。
限定承認の申述
共同相続人の限定承認
限定承認の申述は、共同相続人の全員が共同で行う必要があります(民法923条)。
相続人が数人あるときで、相続放棄をした者がある場合、相続放棄をした相続人ははじめから相続人とならなかったものとみなされますので(民法939条)、相続放棄をした者以外の相続人で限定承認の申述を行うことができます。
限定承認の方式
相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内に(民法915条1項本文)、相続財産の目録を作成して家庭裁判所に提出し、限定承認する旨の申述をする必要があります(民法924条)。
上記3ヶ月の期間については、家庭裁判所に請求することにより、伸長されることがあります(民法915条1項ただし書)。
相続人が、悪意で相続財産の全部もしくは一部を相続財産の目録中に記載しなかったとき、単純承認をしたものとみなされるますので注意してください(民法921条3号)。
法定単純承認の事由がある場合の相続債権者
限定承認をした共同相続人の1人または数人が、相続財産の全部または一部を処分したとき(民法921条1号)または相続財産の全部もしくは一部を隠匿し、私にこれを費消し、または悪意でこれを財産目録中に記載しなかったとき(同条3号)、相続債権者は、相続財産をもって弁済を受けることができなかった債権額について、当該共同相続人に対し、その相続分に応じて権利を行使することができます(937条)。
限定承認の効果
「相続人の固有財産」と「相続した相続財産」の分離
限定承認により、「相続人の固有財産」と「相続した相続財産」が分離して取り扱われます。すなわち、相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務・遺贈が弁済されるのです(922条、929条)。
限定承認をしたときの権利義務
被相続人の債務は、相続人に全額承継されますが、限定承認により、相続により承継した債務につき、相続人は相続財産を限度とする物的有限責任を負うことになります。
また、相続人が限定承認をしたときは、その被相続人に対して有した権利義務は、消滅しなかったものとみなされます(925条)
相続財産の管理
限定承認者は、その固有財産におけるのと同一の注意をもって、相続財産の管理を継続しなければなりません(926条1項)。
民法645条(受任者による報告)、646条(受任者による受取物の引渡し等)、650条1項および2項(受任者による費用等の償還請求等)の規定は、限定承認者による相続財産の管理の場合に準用されます(926条2項)。
相続財産管理人の選任
相続財産の保存のために選任される相続財産管理人
家庭裁判所は、利害関係人または検察官の請求によって、いつでも、相続財産管理人の選任、その他相続財産の保存に必要な処分を命じることができます(897条の2第1項)。
この場合、不在者財産管理人の職務(民法27条)、権限(28条)、報酬等(29条)の規定が準用されます(897条の2第2項)。
この相続財産管理人は、もっぱら財産を管理する権限だけをもち、清算事務は相続人がすることになります。
相続人が数人ある場合の相続財産の管理人
相続人が数人ある場合には、家庭裁判所は、相続人の中から、相続財産の管理人を選任します(民法936条1項)。共同相続人全員で管理および清算をするときは、責任の所在が不明確になり、事務処理が煩雑になるおそれがあるので、単一の管理人によって管理および清算をすべきものとして、この不都合・不便を避けようとしたものです。
そして、この相続財産の管理人は、相続人のために、これに代わって、相続財産の管理及び債務の弁済に必要な一切の行為をすることができます(同条2項)。
限定承認後の手続~清算手続
限定承認は、被相続人から相続人に承継された債務につき、相続財産を対象として行われる一種の清算手続であり、限定承認者(相続人が服するある場合においては相続財産管理人)は、限定承認後、次のような手続を行う必要があります。
相続債権者及び受遺者に対する公告及び催告
限定承認者は、限定承認をした後5日以内(共同相続の場合に相続財産管理人が選任されたときは、936条3項により「その相続財産の管理人の選任があった後10日以内」と読み替えられます)に、すべての相続債権者(相続財産に属する債務の債権者をいう)および受遺者に対し、限定承認をしたこと及び一定の期間内にその請求の申出をすべき旨を公告しなければならなりません。この場合において、その期間は、2箇月を下ることができません(民法927条1項)。
この公告には、相続債権者および受遺者がその期間内に申出をしないときは弁済から除斥されるべき旨を付記しなければならなりません。ただし、限定承認者は、知れている相続債権者及び受遺者を除斥することができなません(同条2項)。
また、限定承認者は、知れている相続債権者及び受遺者には、各別にその申出の催告をしなければならなりません(同条3項)。
この公告は、官報に掲載してされます(同条4項)。
公告期間満了前の弁済の拒絶
限定承認をした者は、この公告期間中は、弁済を拒絶することができます(民法928条)。
公告期間満了後の弁済
公告期間が満了した後は、限定承認者は、相続財産をもって、その期間内に申出をした相続債権者その他知れている相続債権者に、それぞれその債権額の割合に応じて弁済をしなければならなりません。ただし、優先権を有する債権者の権利を害することはできません(民法929条)。
期限前の債務等の弁済
限定承認者は、弁済期に至らない債権であっても、929条の規定に従って弁済をしなければならなりません(930条1項)。条件付きの債権又は存続期間の不確定な債権は、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従って弁済をしなければならなりません(同条2項)。
受遺者に対する弁済
限定承認者は、929条、930条の規定に従って各相続債権者に弁済をした後でなければ、受遺者に弁済をすることができません(931条)。
弁済のための相続財産の換価
弁済をするにつき相続財産を売却する必要があるときは、限定承認者は、これを競売に付さなければならなりません。ただし、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従い相続財産の全部または一部の価額を弁済して、その競売を止めることができます(932条)。
相続債権者及び受遺者の換価手続への参加
相続債権者及び受遺者は、自己の費用で、相続財産の競売又は鑑定に参加することができます(933条)。
不当な弁済をした限定承認者の責任等
限定承認者は、927条の公告もしくは催告をすることを怠り、または同条1項の期間内に相続債権者もしくは受遺者に弁済をしたことによって他の相続債権者もしくは受遺者に弁済をすることができなくなったときは、これによって生じた損害を賠償する責任を負います(934条)。929条から931条までの規定に違反して弁済をしたときも同様です。
情を知って不当に弁済を受けた相続債権者または受遺者に対する他の相続債権者または受遺者の求償を妨げません(934条2項)。
これらの権利は724条の定める消滅時効に服します(同条3項)。
公告期間内に申出をしなかった相続債権者及び受遺者
927条1項の期間内に申出をしなかった相続債権者および受遺者で限定承認者に知れなかったものは、残余財産についてのみその権利を行使することができます(935条)。ただし、相続財産について特別担保を有する者は、この限りではありません(同条ただし書)。
弁済・配当後の権利関係
弁済・配当が終了した後に債権者が現れる可能性もありますが、限定承認をした相続人は、いつまで弁済をする義務があるのでしょうか?
この点については、①相続債権者・受遺者が弁済をうけるためには、申出期間満了後から残余財産が相続人の固有財産と混同して識別できなくなり、または限定承認者が残余財産の処分をするまでに申出をすることを要するとする見解、②債権者の権利は消滅時効期間が経過するなどの事情がない限り権利行使は可能であるとする見解、などがありますが、法律の規定はなく、裁判例も見当たりません。
弁済終了後に残余財産があるとき、後日、債権者が現れた場合に備えて、残余の相続財産の内容や金額を証明できる資料を保管しておくべきでしょう。