墓地における典礼方式のトラブル
墓地には、部落営墓地、寺院墓地、公営墓地、霊園墓地などがあります。
墓地使用権は、他人の所有する墓地の特定の区画に墳墓を所有し、遺体、遺骨を埋葬蔵する権利ですが、その墓地内で宗教的典礼を施行する権利を含んでいます(最高裁平成8年10月29日判決・判例タイムズ926号159頁)。
一方、寺院墓地は、もともと寺院がその檀徒、信徒のために経営するものですから、寺院墓地においては、寺院はその宗派に応じた典礼方法決定の自由と決定された典礼を施行する自由を有するものと解されています。そして、寺院墓地について墓地使用権設定契約が締結される場合には、当該寺院の宗派の方式によって典礼を行うとの合意が成立するのが通常であり、墓地使用権者は、当該寺院の宗派の定める典礼方式に従って典礼を行う義務を負うことになります。
このように、寺院墓地における典礼の方式については、墓地使用権者の宗教的典礼を施行する権利と寺院の宗派に応じた典礼方法決定の自由とが対立し、紛争が生じることがありあます。
墓地使用権者が改宗離壇した場合の典礼の方式
寺院が檀信徒のために経営するいわゆる寺院墓地において、使用権者が当該寺院の宗派の典礼の方式に従って墓石を設置するとの合意をした場合、典礼に関する同合意の効力が墓地使用権者が改宗離壇した場合も同人を拘束するのでしょうか?
この問題につき、従来、①墓地使用権者が改宗離壇した場合も、寺院は、自宗派の典礼施行に従うよう求めることができ、改宗者からする異宗派の典礼の施行はもちろん、無典礼の方式によることも拒むことができるとする説、②寺院は、改宗離壇した使用権者が自己の属する宗派の典礼によるべきことを求めた場合にはこれを拒否できるが、寺院の宗派の典礼に従うべき旨を求めることはできず、使用権者が無典礼の方式によることを求めた場合はこれを認めなければならないとする説、③墓地使用権者が改宗離壇した場合、合意の拘束力はなくなり、寺院は自宗派の典礼施行を要求できないし、墓地使用権者は、使用権に基づき自己の信仰する典礼方式で埋葬蔵を行うことができるとの説がありました。
この点、最高裁平成14年1月22日判決・判例タイムズ1084号139頁は、使用権者が宗派を離脱しても、寺院は、使用権者による当該宗派と異なる宗教的方式による墓石の設置を拒むことができるとの判断を示して上記③説を排斥しましたが、①説、②説のいずれかについては判断されていません。
仙台高裁平成7年11月27日判決・判例タイムズ905号183頁は、寺院が、その檀家を離れ、当該寺院の典礼によらずに焼骨入骨壺を埋蔵した者らに対し、墓地使用権の消滅を理由に提起した墓収去墓地明渡請求、墓地管理権の侵害に基づく焼骨入骨壷の収去請求を棄却しています。
また、東京高裁平成8年10月30日判決・判例時報1586号76頁は、典礼を受けることが霊園使用規則により墓地使用上の負担となっているものと認定できず、典礼が行われることは事実上の慣行にすぎないとして、寺院が行う典礼を受けることを拒否することをもって直ちに埋葬を拒否しうるものではないとしています。
最高裁平成14年1月22日判決・判例タイムズ1084号139頁
寺院が檀信徒のために経営するいわゆる寺院墓地においては、寺院は、その宗派に応じた典礼の方式を決定し、決定された典礼を施行する自由を有する。したがって、寺院は、墓地使用権を設定する契約に際し、使用権者が当該寺院の宗派の典礼の方式に従って墓石を設置する旨の合意をすることができるものと解され、その合意がされた場合には、たとい、使用権者がその後当該宗派を離脱したとしても、寺院は、当該使用権者からする当該宗派の典礼の方式とは異なる宗教的方式による墓石の設置の求めを、上記合意に反するものとして拒むことができるものと解するのが相当である。
墓地の管理者が交代した場合
Xが、宗派を問わず埋葬することが認められていた共同墓地の管理者から、自己の属する宗派の方式によって典礼を行うことができることを内容とする墓地使用権の設定を受けた後、墓地の管理者が交代し、Xとは別の宗派に属する宗教法人であるYが同墓地を管理するようになったなどの事実関係においては、Yは同墓地使用権設定契約上の地位を承継したものであって、同墓地がYの寺院墓地という性格を有するに至ったとしても、Xは、従来どおり右墓地において自己の属する宗派の方式によって典礼を行うことを妨げられないとされています(最高裁平成8年10月29日判決・判例タイムズ926号159頁)。
墓地使用権が承継された場合
宇都宮地裁平成24年2月15日判決・判例タイムズ1369号208頁は、墓地使用権の設定に当たり寺院の定める方式に従い墓地を使用する旨の合意があっても、その拘束力は墓地使用権を承継取得した者には及ばず、無典礼の方式による遺骨の埋蔵を拒絶することはできないとしています。ただし、同事例では、過去、いくつかの異宗派の者が、その宗派の定める典礼の方式により本件墓地内に墓石を設置し、遺骨を埋蔵していても、Yが寺として異議を述べた事情は認められないと認定したうえでの判断であり、一般的に承継されないというものではありません。